黄金外伝

Vol.1 「I Shot the Sheriff」

数年前に田舎に帰ってしまった先輩から、突然、の「ゴールデン街で飲もう」というお誘い。そこでボクは、その前に一度、「今のゴールデン街を見ておこう」と、久しぶりに新宿区役所通りからゴールデン街へと向かった。
なにせ、ボクが頻繁にこの辺りに出没していた頃から20年以上の月日が経っている。どんな街に変貌しているのか、それが気になって仕方がなかったのだ。

新宿区役所本庁舎を背にして路地を曲がる。そのまま大きな看板をくぐると、四季の道と名付けられた遊歩道。遥か昔に走っていた都電の軌道跡を公園にしたものらしく、ちょうどゴールデン街の西端を区切るように横切っている。
そこを抜けると新宿ゴールデン街だ。
でも、ボクの眼の前に広がっていたのは、記憶の中のゴールデン街とは全く違った光景だった。

そこには、黒い板張りの外観の建物。入口から中のカウンターが見える。外人がぐいぐいビールを飲んでいる。もちろん瓶から直接のラッパ飲み。どうやら中にはカラオケもあるようだ。店内からかなり陽気な歌声も聞こえて来る。
バブルの頃、六本木界隈の路地で散見したような外人バー。
ワンショット=ワンコイン、ノーチャージで楽しめるいわゆるワンショットバーのようだ。
店前はたくさんの客で賑わい、遊歩道までにもビール片手に大騒ぎしている人がいる。
ゴールデン街が外国人観光客に大人気、大挙して遊びに来ている、そんな話を耳にはしていたが、まさか街全体がこんなスタイルに変わってしまったということだろうか。

イケイケな外人ノリの人混みを避け、そのまま右手、ゴールデン街の一番南側のG1通りに抜ける。

ゴールデン街のメインストリートは東西に渡る6本の通りと、南北に走る1本の通りから構成されている。
街の南端となるこのG1通りの向かい側には、古びた大きなビルが建っている。昔からある東電の変電所だ。

「これだよ、これ」

そこには、2階建て木造連棟式長屋が連なる、昔からの光景が残っていた。
もちろん、知ってる名前の店など一軒もない。
でも、雰囲気だけはまだ当時のまま残っているようで、ほっとする。

ぼんやりと店の看板や入り口を眺めながら歩く。1階の店舗だけで数えても15軒くらい、あっという間に花園神社の裏を通る花園通りに出てしまった。懐かしさに浸る間もなくG1通りを通り抜けてしまっていたのだ。

ちょっと元に戻って、一つ目の路地に入ってみる。
大人二人が並ぶとちょっときついかも、そんな狭い路地を北方向へ抜けると、G2通りにつながっているはずだった。

そうそう、最近では横丁ホッピングなんて小洒落て言うらしいけれど、路地を横切って別の通りにある店に行くのが、この街のスタイルだった。
すると突然、眼の前にドアが出現した。
いや、路地に面した建物の横に入り口があり、それが開いたのだ。

「おっと危ない」

勢いよく開いた扉を後ろに下がって避ける。
戸口からはサラリーマン風の男性が、ちょっとよろけるように出てきた。

「すみません!大丈夫っすか?」

その男性の後ろから続けて出てきたもう一人が、慌ててボクに謝ってきた。

「大丈夫ですよ。ボクもぼんやりと歩いていて、こんなところに扉があるなんて気がつかなかったから、びっくりしただけですから」

そうそう、ゴールデン街の長屋は、通りに沿ったお店だけでなく、路地に出入り口があるお店もあるんだったってこと、今、思い出した。

「ぶつからなくてよかったっす。……先輩も、ほんと気をつけてくださいよ」

あっ、この二人、先輩と後輩なんだ。
あるある。後輩連れで飲み歩いて、ついつい勢いがついちゃう先輩っているよな。

「いやー申し訳ない。いい音楽に浸れたんで、ついつい気持ちよくなっちゃって」

もちろん、ゴールデン街の狭い路地でこんなことは当たり前。別に恐縮してもらう必要もない。
ボクには、そんなことよりも、とても気になることがあった。

「このお店、いい音楽が楽しめるんですか?」

これまた忘れていたけれど、思い出した。
ゴールデン街の店探しは、
その1 常連さんに連れていってもらう。
その2 違うお店のママ、マスターに紹介してもらう。
その3 街を歩いている人に教えてもらう。
この3つの方法しかないということ。

もちろん、最近ではネットでの情報やSNSなど様々なツールがたくさんあるから、もっと楽に店を探すことができるんだろうけれど、飲んべえってやつは昔からどこの飲み屋街でも大抵そうやって、自分好みの居心地のいい店を見つけ出す。そんなものだった。

「レコードなんですよ、ここ。今夜は、70年代アメリカンロック」
「俺はあんまり音楽知らないんすけれど、ゴールデン街には珍しく店内が広いし、落ち着けるっす」

いわゆるミュージックバーってやつだ。
もちろんボクの大好物。

「そういえば、ゴールデン街じゃないけれど、歌舞伎町に『ロッキンチェアー』ってお店がありましたよね」
と思わず「懐かし思い出スイッチ」が発動してしまったボク。

「地下2階の爆音で聞かせてくれるミュージックバーっすよね。俺もよく行ったっす。先輩に連れていってもらったんですけど、いい店でしたよね。でも4〜5年前に閉店しちゃったんすよね」

「そうそう、古いミシンを改造したテーブルで、爆音でロックを聴きながら、キンキンに冷えたウォッカをよく飲みましたよ。あっ、あそこはCDをかけてたんでしたっけ」

友達と深酒したり、たまにガールフレンドを連れていったり……あの店にも若かりしき頃のいろいろな思い出がある。

「そうそう、私の記憶によればCDでしたね。たまにはレコードもかけてくれてたかな……ん、でも、ここの店も、そう言われれば、どことなく店内は『ロッキンチェアー』に似た雰囲気があるかもですね。あっちは地下のお店、こっちは2階で、さらに吹き抜けもあるから、違うといえば違うんだけれど」

音楽好きのおっさんが、ただひたすら音楽に浸れる、そんなお店は今や貴重な宝物なのだ。

そして、いつの間にかボクの頭の中では、エリック・クラプトンの「I Shot the Sheriff」のリフが繰り返し鳴り響いていた。

デレク・アンド・ザ・ドミノスの唯一無二のアルバム「いとしのレイラ」の発表から4年、1974年にクラプトンがソロ名義で出した「461 オーシャン・ブールヴァード」。レコードに針を落とすと軽快なリフが響きだし、イントロのボトルネックから最後のドラムスのエンディング音まですべて超カッコいい曲「Motherless Children」がオープニングを飾る。そのA面の5曲目、最後の曲がクラプトン唯一の全米No.1シングル「I Shot the Sheriff」だ。
レゲエの神様とも呼ばれるボブ・マーリーのカバー。
ワールドミュージックならではの泥臭さを残しつつも、どことなくおしゃれ、でも間違いなくロック。
レゲエの縦ノリのリズムでもレイドバックしているのだ。そしてクラプトンなのに、ギターソロが全くない(笑)。
なによりも、この曲のヒットによって本家であるボブ・マーリーは世界的に有名になったとも言える。
そうか、今日、5月11日はボブ・マーリーの命日だった。

「昔の音楽に浸れるバーといえば、割とみんな同じ匂いがするのかもしれないですね。あっ、新宿三丁目の、伊勢丹の裏手にあった『CANDY』ってありましたよね。ナッツとかのちょっとしたものがキャンディーポットに入っていて、自分で取り放題のバー。ボクは最近行っていないんですけれど……」

「銀座のコリドー街にもあるお店ね。私たち、今日のスタートはその店からでした。マービン・ゲイがかかっていました」

「『What’s Going On』の人っすよね。俺も知ってます。あの店は初めて行ったんすけれど、あそこも、音楽ガンガンですよね。……それにしても、ゴールデン街が8時くらいからしか賑わわないって、俺、今日初めて知りましたから」

間違いなくこの先輩は、ボクと同世代だ。その後も、お店でかかっていたというイーグルス、ドゥービー・ブラザーズをはじめとした70年代ロックの話や、二丁目にあったロック喫茶「(ニュー・)サブマリン」や、40年以上も続いたロックバー「新宿Rock in ROLLING STONE」の話などで盛り上がった。
そう、かつて新宿はボクら少年がワクワクするようなロックな街だったのだ。

「……それにしても、ボクは久々にゴールデン街に来たんですけれど、いい歳をしたおじさん3人が、路地裏で立ち話ってのも、この街のいいところですよね」

「そうですね。これもゴールデン街っぽいっす。俺、先輩たちが昔の音楽のことを熱く語ってるの見て、ちょっと羨ましくなったっすよ」

「音楽談義をしていたらもっと飲みたくなったので、私、次行きます。とにかくここはいい店だと思いますから、ぜひ行ってみてください」

「目印はこのロケットの看板っすよ。どっちが表か裏かわかんないけれど、看板の色が違っていて片方が赤、片方が青ですから」

「ありがとうございました。じゃぁまた」

見ず知らずの人と、あっという間に知り合いになれる。
今も昔もこれがこの街の一番いいところなのかもしれない。

「しまった。肝心な店の名前を聞くのを忘れた……でもま、いいか。この看板でわかるからな」

今すぐにでも「I Shot the Sheriff」を聞きたい、そんな気持ちをちょっとだけ押さえて、この街の雰囲気をもっと味わってみるために、久々のゴールデン街をもうちょっと歩き回ってみることにしたのだった。

(続く)