黄金外伝

Vol.2 「スター・ウォーズ」

数年前に田舎に帰ってしまった先輩から、突然「ゴールデン街で飲もう」と誘われたボクは、その前に一度、「今のゴールデン街を見ておこう」と、久しぶりに新宿区役所通りからゴールデン街へと向かった。

 

G2通りへと抜ける路地を出ると、右手はコインパーク、左手は道の両サイドに看板、古き良き飲み屋街。

いかにもな店名の看板が連なる。

通りの右側には、オレンジ色の看板。

『アイム・ノット・イン・ラヴ』というスイートなラブソングで知られるイギリスのポップロックバンドの名前がつけられたお店だ。

 

「ここは昔からあったな……」

 

そう、ボクのお気に入りのバンド名なのではっきりと覚えている。

残念ながらまだ1回も入ったことがなかったのだけれど……。

 

そういえば、エリック・クラプトンが母国イギリスでギタリストとして注目され始めたのは、いち早くデビューしたザ・ローリング・ストーンズの後釜バンドと言われていたヤードバーズに参加した頃。その後ヤードバーズにはジェフ・ベック、ジミー・ペイジも在籍していた。 “3大ロックギタリスト”を輩出した伝説のバンドというわけだ。そんな、ゴリゴリのブルースバンドだったヤードバーズの数少ないポップヒット曲を提供したのがグレアム・グールドマン。

彼とエリック・スチュアートが中心となった4人組のバンドは、「一回の射精で出る精液×4(人のメンバー)」ということで名付けられたという噂だった。

1975年に発表された3rdアルバム『オリジナル・サウンド・トラック』という、「架空の映画のサウンドトラック」という設定で作られたコンセプトアルバムからシングル・カットされた『アイム・ノット・イン・ラヴ』は全英1位、全米では2位という大ヒット曲となる。今だに、CMなどでも使われるまさに時代を超えた名曲なのだ。

思春期の少年たちは、その美しいハーモニーとメロディーライン、そしてそんな音楽性と相反するようなバンドの隠された名前の秘密(後にただの噂だということがはっきりするのだが)にドキドキしたものだった。

 

そんなことを思い出しニヤニヤしていたら、みょーな行列を見つけた。

「行列のできる飲み屋なんて、ラーメン屋じゃないんだから……」なんて思っていたら、本当にラーメン屋さんだった。

20年ほど前にゴールデン街に出店してから、話題が話題を呼んで、あれよあれよという間に、海外進出まで果たしているそうだ。今でも、ここゴールデン街のお店は、年中無休で24時間営業しているらしい。まさに、ゴールデン街発祥の“世界で愛されるラーメン”というわけだ。

 

そこからもう1ブロック、ちょうどゴールデン街を横切るように南北に走るまねき通りとG2通りがぶつかるところには、串揚げのお店もある。

 

ゴールデン街といえば、とにかく飲み倒し、たまに喧嘩したり説教されたり……そんな呑んだくれの溜まり場というイメージだったのだが、今では、美味しいものもしっかりと楽しめる、そんな飲屋街なのだ。

 

ゴールデン街はすっかり変わったのだ。

 

昔は、「一見さんお断り」といったいわゆる常連向けのお店が主流だった。

若造が初めてのお店に突入して新規開拓するには、ちょっと敷居が高かったのだ。

ところが、今では、ちょっと歩いてみただけでも「初めての人大歓迎」といった張り紙や英語の張り紙のあるお店をたくさん目にすることができる。

客層もすっかり若くなっている。

かといっておじさん世代も自然と受け入れてくれる雰囲気もあるし、昔そのままだというところもきちんと残っている。

要するに幅広い年齢層が楽しめる飲屋街になっているのだ。

 

まねき通りを1ブロック行くと、再び右手に通りがある。明るい花園一番街だ。入り口から奥、花園神社の方に向かって看板を見上げながら歩いていくと、20年以上前にボクがここに来ていた頃に、「ここはゴールデン街の老舗」と教えてもらったお店の名前がまだまだ残っていた。

 

全共闘時代のバリケードの内側の様子を撮影したという写真家のママ。

そして、もう引退されたそうだがゴールデン街を支え続け、気にくわない客には辺り構わず怒鳴り散らしていた名物ママ。もちろん、ボクも怒鳴られたことがある。ただ怒られたといっても、嫌な記憶などまったくない。むしろ今にして思えば、勲章のようなものだったかもしれない。

そして、その隣のお店には創業50余年を過ぎても未だ現役を貫くママもいる。

さらに、明るい花園一番街の突き当たり、花園神社の裏通りの手前には「あしたのジョー」に出会える店もある。

確か、一回だけ先輩に連れていってもらったことがある。その時は、ご多分に洩れず「あしたのジョー」の話を朝まで聞かされたような気がする。

 

いずれにしても、どの店も40年以上、歴史ある飲み屋だ。

20年前の小僧の頃と比べて、今だったら、少しは年齢が近づいているのではないか……ま、そんなわけはないのだが……何れにしても、そんな歴史の生き証人たちの話は、やっぱり飲みながらゆっくりと聞いてみたいものだ、としみじみ思うのだった。

 

ちょっと待て。

20年前にすでに20年以上ってことは、40年以上前……。

ボクが子供の頃からお店をやっているってことか。

 

一口に40年といっても、それはそれは長い年月だ。

そういえば……ついに完結(!?)する『スター・ウォーズ』シリーズが2019年12月20日に日米同時公開される、という情報が公開された。おじさん的には、こんな心踊る情報はないだろう。

 

第1作『スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望』が日本で公開されたのは、今から41年前。全米で公開されてから1年後の1978年のことだ。

「ものすげー映画がくるぞ!!」と風のウワサで聞こえてきただけで(当時は、一部雑誌やラジオDJなどからの断片的な、プアーな口コミ情報くらいしか入らなかったのだ)、それを実際に自分で見ることができるのはだいぶ経ってから、ということだった。なんと言っても『アメリカン・グラフィティ』で小僧心を鷲掴みにされた、そんなジョージ・ルーカス監督が作るSF大作(実のところ予算はかなり厳しかったらしいが)。「スペースオペラ」という言葉はこの映画で学んだ。

全米公開から1年後、もうその頃には期待値がMAX 以上に上がっていたので、実際に本編を見たときはもう感動を通り越して、言葉も出なかったことを今も鮮明に覚えている。

 

その映像は今まで見たこともない広大な宇宙にボクらを連れていってくれたし、ストーリーはその後につながる謎の部分も含めて、想像力を無限大に広げてくれた。セリフの一言一言は、特にあの決め台詞は、呪文のように心に染み込んだ。さらに、ジョン・ウイリアムスの壮大なシンフォニーは、ボクたちをあの壮大なサーガの登場人物たちに重ね合わせてくれた。

全てが完璧な映画だ、と思わせてくれたのだ。

実際のところ、ルーカス監督は20年後の再公開の時には全てデジタルで再処理、追加CG処理など手を入れまくって、ほぼリメイク状態にしたくらいだから、不本意な部分だらけだったのだろう。でも、ボクたちにとってはそんなことは関係なかった。唯一無二の「スペースオペラ」に熱狂し、酔いしれたのだった。

(さらに蛇足ながら、本当に、このシリーズタイトルが『惑星大戦争』という邦題にならなくてよかった、と心の底から思ったものだった)

 

このとてつもなく長い(であろう)ストーリー(当時から全9話のシリーズということは発表されていた)を、ルーカス監督が最後まで自分で制作することができるのだろうか、いやいや、それよりも自分が死ぬまでに全作見ることはできるのだろうか……そんな、ぼやっとした不安はあった。40年超の年月を経てその「スカイウォーカー・サーガ」の完結編が、ついに見られるのだ。それも、日米同時公開、時差もなく見られる日が来るなんて、当時のボクは思いもしなかった。

40年というのはそれくらい長い時間の経過なのだ。

そして、そのとてつもない長い時間を超えて待っていたからこそ、ボクら世代のおじさんたちは、みんな飛びっきりウキウキしている(はずだ)。

 

そんなことを考えてきたら、またワクワクしてきてしまった。

なんせ、このワンダーランドのような飲屋街を久々に歩きまわっているのだから、そのワクワクもひとしおだ。

バックミュージックは、もちろん、ジョン・ウイリアムスのあの曲。誇らしげなソロ、チューイ、ルークの笑顔、「エピソード4」のエンディングシーンが思い浮かんでくる。

まだ、ゴールデン街の半分も歩いていない。

もうちょっとワクワクしながらブラブラしてみよう。

 

(まだまだ続く)